• がん治療の要は免疫力にあり-WT1樹状細胞ワクチン療法

    投稿日:2022年3月31日
    更新日:2023年3月7日
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    がん治療は免疫力を重視する時代に

    「免疫は本当に癌を攻撃することができるのか」というテーマについては、長きにわたり医学界において議論の的となってきましたが、この件について一定の決着がついた大きな出来事は2018年の本庶佑・京都大学特別教授のノーベル生理学・医学賞の受賞です。

    本庶博士は、免疫チェックポイントPD-1と、その阻害剤の発見によりノーベル賞を受賞しました。この意義は、癌が自分の身を免疫から守るためのPD-1という名前の物質を、薬(代表的な薬にオプジーボ®があります)によって阻害すると、免疫が癌を攻撃するようになり、癌が縮小することが証明されたことにあります。つまり、免疫は本当に癌を攻撃することが、世界的に認められたのが2018年と言って良いでしょう。

    実は、これ以前から、HIVウイルスによってAIDS(後天性免疫不全症候群)を発症すると体中に癌が多発することは、医学の世界では常識として知られていたので、免疫が不全になると癌が発生する、つまり、免疫が癌を抑えていることは、経験的には知られていました。しかし、その分子的なメカニズムは不明でした。

    それが、本庶教授の発見により、その一端が明らかとなり、2018年に正式に、医学の世界で認められたことで癌治療の上においても免疫というシステムを重視し、応用しようという新たな考え方が世界中に広がっていきました(図1)。

    2018年から本格的ながん免疫療法の時代に
    図1 2018年から本格的ながん免疫療法の時代に

    抗がん剤は増がん剤でもある

    そこで、問題になるのが、現在の癌治療において標準療法と呼ばれている、手術、抗がん剤、放射線療法です。特に、抗がん剤はおよそ100年の歴史があり、現在の癌治療の中心的な薬剤です。抗がん剤には様々な種類がありますが、いずれも癌細胞が正常細胞に比べて増殖速度が異常に速いという特徴に注目し、その細胞増殖の仕組みの一部を薬で阻害することによって増殖させない、あるいは細胞死に追い込むという理論が背景にあります。

    ここで問題となるのが、いかに癌細胞だけに作用して、正常細胞には作用させないか、という点なのですが、どれだけ研究と開発を重ねても、どうしても正常細胞にも影響が出てしまうのです。それは、細胞内外での情報伝達網が、極めて複雑で、天文学的な様相を呈しているからです。

    例えば、細胞を自殺に追い込むアポトーシスという経路がありますが、以下の図のように、現在分かっているだけでも、これだけ複雑な経路があります(図2)。現代科学の力をもってしても、人体の全経路の1%程度しか明らかになっていないのではないか、と言われるくらいですので、この図もアポトーシス経路のほんの1%かもしれません。残り99%は未知です。したがって、新規に開発した抗がん剤で思わぬ副作用が出現したとしても、それはある意味当然です。

    しかも、こうしたシグナル経路は、様々な細胞で共有しており、相互作用もしていますので、抗がん剤の影響が及ぶ範囲も、広範囲であると考えられ、そのため多彩な副作用を呈します。

    アポトーシスの既知の分子経路
    図2 アポトーシスの既知の分子経路
    あまりに複雑すぎるがこれでも全体の1%程度と推定される
    (出典:Cell Signaling Technology社)

    そして、抗がん剤で最も困る副作用の一つが、免疫力の低下です。抗がん剤は、増殖速度の速い癌細胞の性質に注目して開発されたので、増殖速度の速い正常細胞には影響が出やすい欠点があります。その一つが造血幹細胞です。

    造血幹細胞は、猛烈に分裂増殖し、かつ分化して白血球、リンパ球、赤血球、血小板などの血球を補給し続けます。したがって、造血幹細胞が抗がん剤で損傷を受けると、白血球以下の細胞たちが極端に減少してしまい、免疫力が下がってしまうのです。癌に対する抗がん免疫力が低下することは、癌にとっては有利な条件です。

    しかも、癌細胞は分裂増殖を繰り返す中で、新型コロナウイルスのように、遺伝子変異を繰り返し性質を大きく変えていきます。癌の塊は、同じ性質の癌細胞の集団ではなく、様々な遺伝子変異を持った、多種多様な癌細胞の集まりなのです。

    そのため、ある種類の抗がん剤が効く癌細胞たちが死んだとしても、効かない癌細胞は生き残り、これが増殖していきます。このため一定の癌縮小効果は得られるのですが、多くの場合は抗がん剤のみで完全に消失することはなく、途中から再び増大に転じます。あるいは、いったん完全に消えたように見えても、CTやMRIなどの画像検査に写らない程度の小さな癌細胞が生き残り、これが後日、再び画像検査に写るような塊を成すといわゆる「再発」となります。

    このような場合には、抗がん剤を最初のものとは変更して使用します。しかし、多くの場合は同じことの繰り返しで、最終的には使用できる抗がん剤の選択肢がなくなり、打つ手がなくなってしまった頃には、副作用で体の状態がかなり悪くなってしまっていることもしばしばです。現在の保険診療の範囲内では、この状態にまで来ますと緩和ケアへの移行を病院から促されます。

    これらのことから、抗がん剤は癌縮小に対して、一定の効果が証明されている一方で、抗がん剤に対する耐性癌を生み出してもいる点で、増がん剤でもあります。また、副作用による免疫力の低下を含む身体機能の低下も、増がん剤となる要因の一つです。

    がん治療では樹状細胞の活性化がカギ―WT1樹状細胞ワクチン療法―

    では、いかにして癌に対する免疫力を高めるか。これが「がん免疫療法」です。免疫チェックポイント阻害剤もがん免疫療法の一つではありますが、これだけでは効果が20~30%程度しか得られません。その理由はまだ明らかになっていませんが、他にも癌を守るシステムが存在する可能性と、もう一つは、癌が増殖している患者さんの体内では、癌によって免疫機構が働かないようにされてしまっていることが挙げられます。

    癌の守りを弱らせても、免疫力が低下していると攻撃できません。特に、癌を直接攻撃する細胞障害性T細胞に攻撃命令を出す樹状細胞が、癌によって機能不全に陥っていると、細胞障害性T細胞は癌を攻撃してくれません(図3)。このことは、既に2004年の段階でNature誌に取り上げられており、樹状細胞の活性化が、抗がん免疫力の増強のためには必須だろう、というのは腫瘍免疫学では、一定のコンセンサスを得ています。

    培養した樹状細胞の光学顕微鏡写真
    図3 培養した樹状細胞の光学顕微鏡写真
    八方に枝状の手を伸ばしているのが樹状細胞。樹状細胞がT細胞に攻撃命令を出して初めて免疫が癌を攻撃する。

    がん患者さんの体内の樹状細胞は、既に抑制されている状態なので、それらを体内で再活性化するのは難しく、そのため単球(樹状細胞の元になる細胞)を採血によって集めて、細胞培養加工施設(CPC)と呼ばれる無菌室で培養して、樹状細胞に分化させ活性化する必要があります。こうして作製された活性化樹状細胞を、患者さんに投与するのが「樹状細胞ワクチン療法」です。

    ただ、これだけでは、まだ癌細胞に対して集中的に攻撃するのは不十分です。と言うのも、癌細胞の目印(がん抗原)を何にするかによって、効果が大きく変わるからです。正常細胞にはなくて癌細胞にある目印には、WT1、HER2、MUC1など何十種類もが発見されていますが、どの目印をターゲットにして攻撃しても、同じ効果が得られるわけではありません。

    なるべく癌細胞だけに発現していて、なるべく色々な癌に共通に発現しているもので、かつなるべく量がたくさん発現しているもの、そして何より臨床効果が高いものが良いのです。そこで、75種類のがん抗原を、米国がん研究所(NCI)が調べてランキングしたものが、2009年に論文として発表されました。その結果、第一に輝いたのはWT1でした。WT1は様々な条件において総合点が最も高く、しかも、ほとんどの癌種において90%以上の確率で発現しています(図4)。

    そこで、当院ではCPCで樹状細胞を培養する際に、WT1を樹状細胞に認識させて、これをターゲットとして癌細胞を攻撃するように工夫しています。これを「WT1樹状細胞ワクチン療法」と言います。

    異的抗原WT1の優位性
    異的抗原WT1の優位性

    鳳凰式がん免疫療法とは

    当院では、このWT1樹状細胞ワクチン療法を主軸に癌治療を行っていますが、これに加えて、丸山ワクチン療法と免疫チェックポイント阻害剤も併用しています。

    鳳凰式がん免疫療法の戦略
    図5 鳳凰式がん免疫療法の戦略

    丸山ワクチンは、日本医科大学皮膚科学教室主任教授であった故・丸山千里博士が、皮膚結核に罹患した患者さんにおいては、癌の進行が遅いこと、あるいは癌が消滅してしまうことに注目し、結核菌成分の中に、癌の進行を抑制する物質が存在する可能性を見出したことから、がんワクチンとして開発されました(図6)。

    丸山ワクチンを他のがん治療法に併用すると、生存期間が有意に延長することは臨床試験で既に示されていますが、現在、日本医科大学付属病院ワクチン療法研究施設では丸山ワクチンの保険適用を目指して治験を行っています。

    丸山ワクチン製剤
    図6 丸山ワクチン製剤

    丸山ワクチンが免疫を活性化させることは明らかですが、どのようなメカニズムでがんに効くのかは、まだ十分には分かっていません。近年の研究結果では、丸山ワクチンの主成分である、ミコール酸とリポアラビノマンナンが、がん組織内で抑制されている樹状細胞を活性化することでがん特異的細胞障害性T細胞を誘導し、抗がん作用が得られる機序が有力視されています。

    この作用機序はWT1樹状細胞ワクチン療法と大変相性が良く、丸山ワクチンとの併用療法により相乗効果を期待することができます。WT1樹状細胞ワクチン療法は癌を外から攻め、丸山ワクチンは癌を内から攻めるという二重の効果で癌を攻撃します。

    また、WT1樹状細胞ワクチン療法と、丸山ワクチン療法によるワクチン接種を繰り返していくことで、徐々に癌に対する特異的免疫力がある程度確立した段階で、免疫チェックポイント阻害剤の投与によって癌の防御力を低下させると、より効果を得られやすいと考えられます。

    実際に、免疫チェックポイント阻害剤が効いた患者さんは、その後、長期間にわたり癌が増殖できなかったり、縮小し続けたりする効果が知られているのですが、これは一度、抗がん免疫力が確立されると、長期にわたって免疫が癌細胞を攻撃してくれるようになるということを表しています。

    ただし、免疫チェックポイント阻害剤は使用する量によって重篤な副作用が出る可能性がありますので、当院では通常の保険診療で使用する10分の1の量で使用しています。これによって、免疫チェックポイント阻害剤の副作用を発現させることなく、癌に対する攻撃力のみを増していく戦略を構築しています。

    鳳凰式がん免疫療法は、高度に癌が進行して、保険診療の適用が既にない患者さんに対しても有効です。抗がん剤等で、弱りきった身体を回復させつつ徐々に癌に対する免疫力を高めることでQOL(quality of life)は格段に良くなり、全身に転移した癌の病巣もそれ以上は大きくならず、また縮小に転じることも少なくありません。

    以下は、ほんの一例ではありますが、非常にうまく効果が得られた例をご紹介いたします。この患者さんは68歳の男性で末期膵癌(StageⅣ)で、既に肝臓にも多発転移していました。腫瘍マーカーであるCA19-9は、がん免疫療法前は18万U/mlと極めて高値でしたが、抗がん免疫力の増強に伴って腫瘍は縮小し、7か月後にはCTで癌が写らなくなりました(図7)。

    多発肝転移を伴う末期膵癌においてがん免疫療法が著効した例
    図7 多発肝転移を伴う末期膵癌においてがん免疫療法が著効した例

    癌の性質や、患者さんの状態は100人100様ですので、全員がこのように上手くいくわけではありません。癌の進行停止を含めて、奏効率はおよそ6~7割程度です。しかし、他に選択肢がない中で、こうした結果を得られる治療法の存在も重要だと私は考えています。

    当院に初めてお越しになった患者さんとそのご家族は、みなさん絶望の淵に置かれていますが、治療を進めていくに従い、明るく元気になる方がほとんどです。どうせダメだと諦めずに、癌と向き合って丁寧に戦略的に癌と戦っていくことが、とても大切なのです。末期癌の患者さんに限らず、癌を克服したいとお考えの患者さんは、是非私共にご相談くだされば幸いです。きめ細かい診察と治療で患者さんとそのご家族にとってのベストをご提供いたします。

    コラムの監修者

    銀座鳳凰クリニック
    永井 恒志

    WT1樹状細胞ワクチン療法と丸山ワクチン療法によりがんの中と外の樹状細胞を同時に活性化します。樹状細胞は細胞障害性T細胞を活性化し、がん細胞に対する攻撃を指示します。
    さらに細胞障害性T細胞が攻撃しやすくなるようにがん細胞の防御を免疫チェックポイント阻害剤(オプジーボなど)で破壊します。
    この3つのがん免疫療法を組み合わせた治療法を当院は「鳳凰式がん免疫療法」と呼んでいます。鳳凰式がん免疫療法はがんに対する抗がん免疫力に特化して強める、究極の個別化医療となります。患者さまの免疫状態、栄養状態、その他の治療法の状況などに合わせて最適な治療を提供できるのが個別化医療の最大のメリットです。