脳卒中の新しい治療法:自家脂肪幹細胞の点滴投与
更新日:2024年11月4日
ヒトの脳は酸素欠乏に敏感:脳卒中によるダメージの深刻さ
ヒトの脳は酸素欠乏に対して極めて敏感です。運動と感覚機能を司る神経細胞は、分単位の短時間酸素が供給されなくなるだけで、機能低下あるいは致死に至り、四肢の運動、感覚、さらに、脳の高機能である言語機能が障害されます。
脳卒中と酸素欠乏:脳梗塞や脳出血がもたらす影響
脳卒中でも、酸素を運搬している血管が詰まる脳梗塞や、血管が破れ出血による頭蓋内組織の圧迫で酸素欠乏となり神経細胞は機能を失います。脳梗塞を発症すると、4.5時間以内に血栓を融解する薬剤治療か、物理的に血栓を排除する治療を受けないと脳組織は機能を失ってしまいます。
適切に速やかな治療を受けることができなかった脳組織の神経細胞は、死滅し、その結果、運動障害や感覚障害が残り、日常生活に大きな障害として残ります。
多くの脳卒中の患者さんは、発症後数週間は急性期に適切な治療を受けたのち、脳梗塞あるいは脳出血を予防する薬剤治療を受けながら、運動・知覚機能などの回復のためのリハビリテーションを数か月間続けます。現在の治療法では、リハビリテーションによる機能回復に最も大きな期待が寄せられています。しかし、多くの患者は多種の機能不全を残した状態で、機能回復を目指してリハビリテーションを継続していますが、一般に機能回復は、頭打ちとなってしまうことが多いです。
自家脂肪幹細胞治療の可能性:アーツ銀座クリニックの取り組み
今回紹介する自家脂肪幹細胞の全身投与(点滴治療)は、2014年11月にわが国で施行された再生医療等安全性確保法に則り、現在私が勤めているアーツ銀座クリニックでは2017年から新しい治療法として脳血管障害の患者さんを対象に治療をはじめました(1)。今回は一部ではありますが2023年6月現在、これまでに自家脂肪幹細胞の点滴で治療してきた150名を超える脳血管障害の患者さんの治療経過を追えた症例のまとめを紹介したいと思います。
脳卒中患者に対する機能評価方法
脳梗塞あるいは脳出血発症後4カ月~6年以内に自家脂肪幹細胞治療を受けた患者さん21名(脳梗塞7名、脳出血14名)を対象に非盲検臨床研究結果をまとめました。発症時平均年齢は53.8歳(40~79歳)、治療時年齢は55.7歳(40~80歳)でした。
機能評価はNIHSS(脳卒中の神経学的重症度を評価する指標)で、治療直前、治療直後、1,3,6,12月、および1~2年後に行いました。なお、幹細胞治療後もそれまで通りのリハビリテーションを継続するよう指示しています。
自家脂肪幹細胞の作成と治療法の流れ
幹細胞治療を受けるにあたり、患者さんご本人だけでなく家族や友人の同席のもと、再生医療と自家脂肪幹細胞治療に関するカウンセリングを30分から1時間程度実施しています。
カウンセリングにより、患者さんの脳卒中発症時からの症状と治療に関する詳しい情報を確認しながら、幹細胞治療の細胞特性や治療効果や副反応について十分に説明しています。時には培養細胞数が予定通りに増えないこともあるので、再度の皮下脂肪組織採取を行うことも説明しています。
また、幹細胞点滴治療当日は幹細胞による肺梗塞の発症予防のため、クリニック近辺での宿泊を進めています。もちろん、治療後は数日間の飲酒は禁止です。
幹細胞の培養は、臍部から約10cm側部皮膚をテープ麻酔後、さらに1%キシロカインで局所麻酔し、7~10mmほどの皮膚切開部より米粒大の皮下脂肪組織を3個程採取し、直ちにCPCで幹細胞培養を開始します。
脂肪組織を分離し、幹細胞増殖用の基材上に細片された脂肪組織を静置し培養液を加えます。約12日後増殖した幹細胞(図1)をトリプシン処理し、フラスコ培養で増殖させます。約3週後に8000万個から1億個の幹細胞(幹細胞の特性を示すCD73,CD90,とCD105陽性細胞は細胞総数の80~90%)を採取し患者に点滴投与します。
細胞総数は患者さんごとに異なるため、細胞数が6000万個以下であれば再度培養)、0.8~1.4 x108個細胞を200ml生理食塩水に懸濁し、90分点滴投与します(1)(図2)。
臨床評価
幹細胞点滴投与前、投与直後、1,3,6か月後クリニック内では現在はSIAS法(脳卒中の機能障害を定量化したもの)を主とした機能検査を実施し、治療効果を評価しています。その際には、患者さんのご家族にも検査の場に同席してもらっています。多くの患者さんは車いすで座位での検査となります。治療開始1時間後から治療直後には、治療前には動きの見られなかった四肢の動きが観察され、また、立ち上がりができなかった患者さんが立ち上がることができるなど、驚きの改善効果をしばしば経験します。
幹細胞治療効果に与える条件の検討。
脳卒中発症から幹細胞治療を受けるまでの期間が治療効果に与える影響
当初経験した21症例の効果分析では、発症から幹細胞治療を受けるまでの期間が6カ月未満と1年以内ではそれぞれ4人と3人全員がNIHSS(2)1以上の改善を認めましたが、1年以上経過後の治療を受けると14例中5例では効果が認められませんでした。従って、脳卒中発症後1年以内の早期の幹細胞治療が効果的と考えられます(図3)。その後の治療患者さんでも近似の結果を得ています。
幹細胞投与数が治療効果に与える影響
点滴投与細胞数が9000万個以下(3名)、9000万個から1.1億個(7名)、と1.4億個(11名)でNIHSS評価では、機能回復で差異はありませんでした。なお、直近の2年間では、投与細胞数は肺梗塞の危険性を避けるため、最大で1億個としています。
幹細胞投与後機能回復が観察されるまでの期間
NIHSSで機能回復を認めたのは21例中16例で、5例では機能回復を認めなかった。機能回復を認めた16例中、9例では治療開始3時間後、5例では3時間から1ヶ月後、2例では1ヶ月以上経過後に機能回復を認めた。幹細胞の全身投与では数時間以内の早い時期からの機能回復があることが明らかとなった(図4)。脳卒中発症から治療を受けるまでの期間が効果発現に大きな要因となるが、発症数年後の幹細胞治療でも何らかの効果を期待できる。
幹細胞投与時の患者年齢と治療効果
NIHSS10以上の効果を示した7症例とNIHSS効果10以下の14症例の2群で、それぞれ治療時50歳以下、51~70歳、と71歳以上の年齢群で比較したところ、年齢間での効果の差異は見られませんでした。その後の多くの治療では、年齢による治療効果はやはり高齢者で減少する傾向が見られます。今後の治療で、効果の違いに有無を確認することが重要であると考えています。
考察
間葉系幹細胞の全身投与は、従来の一般的治療に抵抗する多種の難病の新しい治療法として注目されています。脳卒中の患者さんに対する間葉系幹細胞治療では、特に患者さんへの負担が少ない自家脂肪幹細胞治療の効果が近年世界的に報告されています(3)。
私が所属するアーツ銀座クリニックでは、2017年から現在に至るまでにすでに150例を超す脳卒中の患者さんを治療しています。特に、他のクリニックの治療対象となることが比較的少ない、脳出血の患者さんの治療例が多くあります。これまでの、多数例での幹細胞治療経験では、脳梗塞例と出血例での治療効果に違いは認められていません。
幹細胞治療の高い効果を期待できる、脳卒中発症後数か月以内に我々のクリニックを受診される患者さんは、きわめて少ないです。その主な原因は、間葉系幹細胞点滴による脳卒中による神経機能回復効果が、広く一般には知られていないためと考えられます。
特に、現在医師を教育している大学施設においても、限られた一部の施設を除いては幹細胞治療を含めた再生医療に関する基礎・臨床講義に十分な時間をかけてはいないと思われます。また、1回の治療費が150万円(アーツ銀座クリニックではモニター制度で患者さんの経過を診療や学会報告に使用)と高価格なことも、治療希望者が少ない原因と考えられます。
これまでの臨床経験から、脳卒中発症から4か月くらいの短い期間内に自家脂肪幹細胞の点滴治療を受けることを薦めています。脳卒中発症後5~10年経過後でも効果がないわけではないですが、より高い治療効果を期待するには、発症後の期間が短い方がよいです。早期の自家脂肪幹細胞治療で、従来の一般的な治療では頭打ちとなっていた運動と感覚の機能回復が期待できます。
特にリハビリテーションの効果が高まるので、幹細胞治療後のリハビリテーションは極めて重要です。現在、幹細胞治療後のリハビリテーション治療を特別考慮したリハビリテーション施設は極めて少ないですが、従来のリハビリテーション治療を継続することが重要と考えられます。
幹細胞治療効果の持続期間については、経験的に3~6か月と考えています。これまでの治療後の患者さん追跡では、個々の患者さんで違いはありますが、少なくとも治療3か月までは機能改善効果が得られると考えています。したがって、点滴治療2回目、あるいは3回目は、少なくとも3ヶ月が経過後の半年後が適切と考えています。なお、点滴投与された幹細胞がヒト体内でどのような運命を辿るかの詳細は、現時点では不明ではありますが、マウスでは投与された細胞は数日後にはほとんど死滅し体内にはわずかしか残存しないと報告されています(4)。
ところで、近年注目されている培養幹細胞上清液、特にエクソソームの全身投与(5)、あるいは、点鼻投与の臨床応用(6)に触れたいと思います。アーツ銀座クリニックでは、臍帯細胞幹細胞(hMSC-UC-o,Lot Number 4422018)を培養し、その上清液を、1mlのチューブに分注して凍結保存しています。それを、使用時に融解して点鼻で投与します。患者さん、あるいはご家族には点鼻方法を詳しく説明します。幹細胞培養上清液に関しては、まだ、培養条件や投与量、投与頻度などの最適条件は未定であり、多くの施設で独自に模索していると考えられます。私たちは、脳神経変性疾患に対しては毎日あるいは確実投与など適切な治療法を求めながら工夫を続けています。
今後、脳卒中の脳神経組織の機能回復に、全身投与された間葉系幹細胞が生成放出する細胞上清液に含まれる、エクソソームなどの細胞外小胞のどの分子が主役として機能するのかを明らかにする基礎研究が進めば、より効率的な幹細胞治療が可能になると期待されています。
私たちのクリニックで、すでに治療を受けた患者さんがどのような治療効果を示すか、数年間にわたり今後もしっかりと追跡し、その情報を提示し、批判をいただくことが重要と考えています。
参考文献
1.Ichihashi M, Tanaka M, Iizuka T, et al. Therapeutic effect of intradermaly administered autologous adipocyte-derived stem cells on chronic stage stroke patients. Int J Stem Cell Res Ther 7:1-8, 2021
2.Honmou O, Houkin K, Matsunaga T, et al. Intravenous administration of auto serum-expanded autologous mesenchymal stem cells in stroke. Brain 134:1790-1807, 2011
3.Ra JC, Shin IS, Kim SH, et al. Safety of intravenous infusion of human adipose tissue-derived mesenchymal stem cells in animal and humans. Stem Cells Dev 20:1297-1308, 2011
4.Eggenhoder E, Bensder V, Kroamer A, et al. Mesenchymal stem cells are short-lived and do not migrate beyond the lungs after intravenous infusion. Front Immunol 3, 297:1-8, 2012
5.Otero-Orgeta L, Laso-Garda F, Gomez-de Frutos M, et al. Role of exosomes as a treatment and potential biomarker for stroke. Transl Stroke Res 10:241-249, 2019
6.Saghazadeh A, Rezael N. Biosensing surfaces and therapeutic biomaterials for the central nervous system in COVID-19. Emerg Matr 4:293-312, 2021