• 脳卒中、認知症に対する幹細胞治療

    投稿日:2023年7月5日
    更新日:2024年11月4日
    カテゴリー:

    脳卒中と認知症は、癌とともに、市民講座などのアンケート『罹りたくない疾患』の常に上位に挙げられています。脳卒中の治療が困難な理由は、「いったん傷害された脳神経組織を再生させる根本的な治療法」が確立されていないためであり、神経機能障害の回復はきわめて困難で、重篤な後遺障害が残ることも広く知られています。

    脳神経系疾患に対する細胞療法・再生医療の可能性

    認知症の大部分を占めるアルツハイマー病は、その原因に大きく関わっているとされる、アミロイドβに対する新薬の開発も進んできていますが、未だ根本的治療薬としての有効性は十分に示されていません。認知症の原因としては、8割以上がアルツハイマー病と血管性認知障害と言われていますが、他の病型の認知症も含めそれぞれ独立した疾患ではなく、病理学的変化が混在する場合が多いと考えられています。この複雑な病態が混在する疾患である認知症に対して、単一の原因物質のみを標的にした薬物治療では限界があり、脳構造の再生が重要であると提唱されています。

    幹細胞がもたらす再生医療の希望と研究の進展

    近年の神経科学と幹細胞研究の進歩により、傷害された中枢神経組織を再生させる治療法として、細胞療法・再生医療が期待されています。間葉系幹細胞は、間葉系に属する細胞(骨、血管、筋肉、軟骨)への分化能を持ち、神経細胞にも分化することが分かってきました。脳梗塞や脳出血を含めた脳卒中や認知症など、脳神経系疾患に対する機能改善を目指した150件を超える臨床試験が行われており、幹細胞治療の有用性や安全性が多数報告されるようになってきました。

    幹細胞が脳神経疾患にどのように働きかけるのか?

    投与した幹細胞は、脳卒中や認知症で障害された脳の部位へ遊走・生着し(ホーミング効果)、神経系細胞や血管系細胞へ分化することが確認されています。更には、幹細胞から分泌される種々の神経保護因子や神経栄養因子などの分泌成分(セクレトーム)が、障害に伴う炎症反応の軽減、損傷軸索の再有髄化、血液脊髄関門の安定化などダメージを受けた脳組織に保護的に働きかけるなど、多面的な働きで神経機能を回復・改善することが期待できます。更に、神経細胞に分化した幹細胞は脳内で長期にわたり生存し、脳内に存在する神経幹細胞を活性化させ、新たな神経ネットワークの構築が行われます。これらの治療効果は時間的にも空間的にも多段階に発揮されるため、1回の投与でも高い治療効果を発揮すると期待されています。

    脂肪組織由来幹細胞治療の特徴とメリット

    脂肪組織由来幹細胞治療の特徴

    私たちが取り組んでいる脂肪組織由来幹細胞治療は、骨髄由来の幹細胞などと比較して、比較的容易に採取可能であることに加え、自己複製能・増殖能が高いこと、神経栄養因子など液性因子を多く産生することが可能です。また、高齢者からの採取でも増殖による細胞老化の影響、分化能の低下が少ないことなども分かってきました。

    培養上清液による幹細胞治療の可能性と安全性

    更に、幹細胞培養時に産生される培養上清には、幹細胞から分泌されるサイトカインやペプチドが多く含まれ、培養上清液のみの投与でも幹細胞投与と同等以上の有効性・安全性が報告されてきています。培養上清液は、1回の幹細胞培養時に、数十回分の投与量が確保できるため、幹細胞治療の効果がみられた患者さんでは繰り返し治療することも可能です。特に、脳卒中や認知症などの脳疾患に対しては、点滴だけではなく点鼻薬のように鼻腔からの注入も行っています。

    脳血管障害と認知症の患者さんに対する幹細胞治療の実際

    脳血管障害と認知症の患者さんに対する幹細胞治療

    当院での幹細胞治療は、脳血管障害と認知症の患者さんに対して、ご自身の腹部などから脂肪組織を採取します。厚生労働省の認可を受けた自施設内で、局所麻酔を行った後に小切開(1~2.5cm)を加えて脂肪を採取します。処置後は1時間程度安静に休んで頂き、創部を確認のうえ帰宅頂きます。脂肪組織は、直ちに施設内の細胞培養加工施設で分離し、約1ヶ月間で1億個ほどに拡大培養を行います。当院で投与される幹細胞は、医学博士、理学博士の研究員たち、臨床培養士たちが再生医療担当医と日々連携を取りながら高品質の状態につくりあげており、細胞生存率98%の幹細胞を点滴で投与しています。

    診察室では、再生医療認定医及び治療担当医(脳神経外科専門医・ 脳卒中専門医・認知症専門医・認知症予防専門医・抗加齢医学専門医・がん治療認定医)が、既往歴の確認、身体所見、神経学的所見、画像所見などから本治療が適切かどうかを診断します。脳卒中に関しては、急性期の一般的な治療が終了した1か月以降から、発症後数年経過した場合でも治療することができます。認知症は、アルツハイマー病や脳血管性認知症など、いずれの病型の認知症に対しても効果が期待できます。年齢は18歳以上が対象となりますが、脂肪組織由来幹細胞は高齢者からの採取でも遜色なく分離・培養可能であり、90歳を超える方も治療を受けていらっしゃいます。

    培養した幹細胞の投与は、当院の病室において、末梢静脈から点滴で投与します。投与する幹細胞数は、約1億個を原則とし、投与時には15 分間隔のバイタルサインのチェックなどの観察・診察を行いながら、約1時間半かけて行います。点滴終了後、状態の変化がないことを確認したうえで帰宅頂き、特別な生活制限などは必要ありません。投与回数は症状の改善度により 担当医と、ご本人やご家族などと相談のうえ決定します。また、必要に応じて、培養上清液の点滴や鼻腔からの注入も提案させて頂きます。

    まだまだ症例数は少ないですが、脳卒中後遺症や認知症など有効な治療法が確立されていない病態において、多くの患者さん・ご家族に効果を実感して頂いています。本治療が選択肢のひとつとなることを願っております。