• 自己脂肪組織由来幹細胞を用いた重症アトピー性皮膚炎・乾癬の治療

    投稿日:2023年8月16日
    更新日:2024年11月5日
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    アトピー性皮膚炎とは

    アトピー性皮膚炎の原因はアレルギーによる炎症と皮膚のバリア機能低下によると言われ、遺伝的素因も示唆されています。患者さんは皮膚のバリアが弱いためアレルギー物質が体内に入りやすく、アレルギーによる炎症により皮膚を引っ掻くことにより、さらにバリア機能を傷害してアレルギー物質が体内に入ってしまうという悪循環を起しています。

    患者さんの数は年々増加し、厚労省の2017年の統計では日本国内のアトピー性皮膚炎の患者数は約51万人とされていますが、実際にはもっと多いと思われます。病気の割合は子供が多く、成人になるに従って自然に直ることが多いのですが、成人になっても直らない方には非常に重症化して苦しんでいる方がいらっしゃいます。

    最近の研究ではアトピー性皮膚炎に関連する物質が次々と見つかっています。皮膚炎の原因としてインターロイキン4とインターロイキン13、痒みの原因としてインターロイキン31という物質が関係していると言われています。インターロイキン4とインターロイキン13はBリンパ球を刺激してアレルギーの元となるIgEという免疫物質を増やします。インターロイキン31は神経に作用することにより痒みを起こすと考えられています。

    これらは免疫を司る細胞から分泌されているサイトカインという物質です。さらにサイトカインが働くときにヤヌスキナーゼ(JAK)という酵素が働いていることもわかってきました。これらの物質の働きを抑えることによりアトピー性皮膚炎の症状を軽くするための新薬が次々と開発されています。

    アトピー性皮膚炎の治療法

    従来の治療法

    アトピー性皮膚炎の治療は、皮膚炎を抑える塗り薬と痒みを抑える飲み薬の組み合わせが基本となります。塗り薬はステロイド外用剤をはじめ、免疫抑制剤、保湿剤、止痒剤などを用います。飲み薬は抗アレルギー剤や抗ヒスタミン剤などを用います。これらの古典的な治療法に加え、先に述べた新薬が2018年以降に次々と発売されています。

    幹細胞によるアトピー性皮膚炎の治療は、これらの新薬と同じようなメカニズムにて効果を発揮すると考えられています。

    幹細胞を用いた治療

    現在の再生医療で用いられている幹細胞は間葉系幹細胞と言われるものです。間葉とは中胚葉とほぼ同じ意味で、体の表面や消化管などの内腔ではなく、外界とは接していない部分を指します。

    具体的には脂肪、線維、骨、軟骨などが間葉となります。間葉系幹細胞は免疫を司る細胞と同じ中胚葉の細胞ですので、免疫が過剰に働いてサイトカインによる炎症が起こることをコントロールします。間葉系幹細胞を用いて過剰な免疫を抑える薬としてすでに「テムセルRHS注」という薬剤が市販されており、白血病などで骨髄移植を受けた患者さんの過剰免疫をコントロールするために用いられています。

    この薬がアトピー性皮膚炎の治療に有効である可能性もありますが、保険適応でないため使うことは出来ません。幹細胞は体の中を自由に移動して、傷ついた組織を修復するホーミング効果があると言われています。この効果がアトピー性皮膚炎で傷ついた皮膚の修復に役立つ可能性もあります。

    幹細胞とは

    幹細胞として最も有名なものはiPS細胞やES細胞ですが、これらは人工的に作られた細胞であり、通常では体中には存在しません。

    一方で生命体には体性幹細胞と言われる幹細胞が様々な部位に存在していることが分かっています。これらは体が傷ついたときに修復するためのスペア細胞として常にストックされています。すべての組織にそれぞれのスペア細胞を準備するのでは効率が悪いため、幹細胞は多分化能という様々な細胞に変化する力を持っています。さらに幹細胞は自己複製能という力も持っています。

    すなわち、幹細胞は自分自身を残しながら分裂を続け、様々な細胞に変化して傷ついた組織を修復することができます。幹細胞は年齢とともに減少して、0歳児では60億個ありますが40歳では3億個まで減少してしまいます。年齢を経るに従って回復が遅くなるのは幹細胞が減少するためです。人体の細胞の数は37兆個とも60兆個とも言われていますので、幹細胞の数は体全体の細胞数と比べると非常に少ないことが分かります。幹細胞治療には自分自身の幹細胞を培養して用います。他人からの細胞を用いる治療も理論的には可能ですが、法規制と安全性の点から非常に高いハードルが設定されています。

    幹細胞治療の実際

    当院では少量の局所麻酔薬を使うのみで約3㎜の穴から0.1gの脂肪組織を採取します。必要な時間は10分程です。同じ日に培養に用いるための採血を行います。通常は翌日から入浴もできます。間葉系幹細胞は骨髄から採取されていましたが、骨は深いところにあり、骨に穴をあけて細胞を取る手術は患者さんの負担が大きいことが問題でした。同じような間葉系幹細胞が脂肪組織から採取できることが分かってから、殆どのクリニックでは脂肪組織由来の間葉系幹細胞を用いる治療を行うようになっています。

    培養により幹細胞が1億個に増えるまでの期間は1~2ヶ月です。幹細胞投与は点滴注射で行います。合併症を予防するためにゆっくりと1時間程度の時間をかけて注射します。

    治療に用いる幹細胞の数

    点滴注射する幹細胞の数は一般的には1億個が最も多く用いられます。時には2億個の注射をすることもありますが、一度に多くの幹細胞を点滴すると肺塞栓の危険が高くなります。むしろ1億個の点滴注入を複数回行う方が効果的です。1億個という数は高齢者の場合では全身の幹細胞の数よりも多いことになります。私たちは4億個の幹細胞を4回に分けて点滴注射することが良いと考えています。

    乾癬の治療

    乾癬は境界明瞭な盛り上がった紅斑が全身の皮膚に出る病気で、日本人での患者数は43万人程度と考えられています。白人では2~3%の有病率です。皮膚が通常の10倍のスピードで作られて盛り上がった病変になります。50%に痒みを伴い関節炎を起すことが有ります。原因はまだはっきり分かっていませんが、アトピー性皮膚炎と同様に遺伝的素因があり免疫反応が関係していると考えられています。

    乾癬の発症にも多くのサイトカインが関係していることが分かっています。具体的にはインターロイキン17、インターロイキン23やヤヌスキナーゼなどです。乾癬に対してもこれらの物質の働きをコントロールする新薬が多数開発され、現在では11剤になっています。

    乾癬の患者さんに幹細胞を投与すると、皮膚病変が改善するとともにこれらのサイトカインが減少したという発表が海外からされています。乾癬に対する幹細胞治療は国内ではまだ一般的な治療法となっていませんが、東京と名古屋の檜扇会のクリニックでは積極的に行っています。

    自己免疫疾患との関係

    アトピー性皮膚炎と乾癬は自己免疫疾患には含まれていませんが、両疾患とも発症原因にサイトカインと呼ばれる物質による免疫反応が強く関係していると考えられ、免疫を調整する幹細胞治療が有効です。両疾患とも原因が完全に解明されていませんので、治療効果を断言することは出来ませんが、幹細胞による治療はこれからさらに発展していくと思われます。