• 変形性膝関節症に対するバイオセラピーのトピックス

    投稿日:2026年7月31日
    更新日:2026年7月31日
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    バイオセラピーとは?

    変形性膝関節症(膝OA)に対して、細胞や血液由来製剤といった生物製剤(Biologics)を関節内に直接注射する治療をバイオセラピーと呼びます。

    細胞の種類には間葉系幹細胞(MSC)が多く使用され、世界の多くの研究が、細胞から放出される細胞外小胞のエクソソームによる、損傷軟骨の修復メカニズムに焦点を当てています。また血液由来製剤は多血小板血漿(PRP)が代表的で、血小板内の成長因子やサイトカインの、組織修復や抗炎症作用を期待した治療です。近年はMSCとPRPの併用投与による、相加、相乗効果の可能性も示唆されています。

    バイオセラピーの位置づけ

    膝OAに対する治療方針は、日本の診療実態に適合させ流布されている「変形性膝関節症診療ガイドライン2023」を参考としながら、整形外科医によって決定されています。一般的には、膝OAの初期は薬物療法、運動療法に代表される保存療法、進行期から末期にかけては、骨切り術や人工関節置換術といった手術治療が選択されます。
    しかし保存療法の効果がなく、手術治療の希望がない場合、保存療法と手術治療の間を補完する位置づけとして、様々なBiologicsを関節内に投与するバイオセラピーが存在すると考えられています。

    バイオセラピーの世界の動向

    バイオセラピーは主に膝OAの初期から進行期の症例を対象に、臨床の現場で用いられています。Biologicsが持つ、抗炎症作用や組織修復作用によって、関節内環境の恒常性を維持することを目的として行われています。日本では、再生医療等の安全性の確保等に関する法律(安確法)における第2種再生医療等技術に該当する治療として分類され、自由診療で提供されています。

    バイオセラピーで使用される細胞腫として、患者の身体から採取が容易なMSCが選択されています。MSCの作用機序や軟骨修復メカニズムは長年議論されてきました。当初は移植した細胞自身が損傷された組織に直接分化すると考えられていましたが、近年はMSCから放出される、患者自身の細胞に抗炎症作用や組織修復の促進を働きかけるエクソソームの効能が注目されています。エクソソームには組織修復や抗炎症作用に関与するマイクロRNAが多数含まれている事が確認されています。

    MSC同様、膝OA治療で注目されているのがPRPの関節注射です。PRPは、患者の血液を遠心分離して得られる高濃度の血小板が含まれる分画です。関節内に注射することで、血小板に含まれる成長因子やサイトカインの、組織修復や抗炎症・除痛効果を期待する治療です。世界中から膝関節だけでなく、股関節、足関節、肘関節も含めた治療成績が報告されています。PRPに含まれる成長因子は、軟骨細胞を分化、増殖、軟骨基質産生を促進させることや、ヒアルロン酸、ルブリシンの産生を促進させること、さらに軟骨基質分解酵素の発現を抑制させる効果を持つことが報告されています。

    しかしPRPの軟骨修復や組織再生作用の詳細なメカニズムは明らかではなく、現在のガイドラインは、質の高いエビデンスが不足しているため、ヒアルロン酸注射やステロイド注射より推奨する証拠に欠けると述べているのが現状です。日本では安確法の施行後、膝OAの初期から進行期の症例に広く普及しています。近年はPRPを凍結燥化させ、自由な注射日を選べるPFC-FD™や、PRPに脱水処理を加え、種々のサイトカインを濃縮させたAPS™も開発され、それぞれの治療成績も報告されています。

    我々の研究結果

    私は2018年から変形性膝関節症に対する治療の選択肢にバイオセラピーを選択し、2026年現在まで約5000膝のPFC-FD™、皮下脂肪から採取したMSC、そして両者の併用注射を行ってきました。

    私の所属している研究グループからは、これらの良好な治療成績を論文として発表しています。

    代表的な知見は、変形性膝関節症312 膝(平均年齢 63.5 歳)を対象に、PFC-FD™の1回注射の有効性と安全性を検証した結果、注射12ヶ月後の追跡調査で、62%の患者さまが奏功に達し、特に初期変形性膝関節症においては73%の患者さまが奏功に達したことが分かりました。副作用は重篤なものはなく安全性は問題ありませんでした。

    この研究結果は世界的な学術出版社であるWILEY社により、ヨーロッパスポーツ外傷学・膝関節外科・関節鏡学会の公式ジャーナルであるKnee Surgery, Sports Traumatology, Arthroscopy誌の「2023 年に最も閲覧された論文上位10%」に選出され、【Top Viewed Article】として顕彰を受けました。

    研究論文の詳細は、以下のページからご確認できます。
    Freeze-dried noncoagulating platelet-derived factor concentrate is a safe and effective treatment for early knee osteoarthritis

    変形性膝関節症に対するバイオセラピー(PFC-FD™)の製造元であるセルソース社からの認定証

    バイオセラピーのトピックス-MSCとPRPの併用治療-

    近年世界中からMSCとPRPを併用して注射することで、それぞれ単独で注射するよりも良好な治療経過が得られていることが報告されています。

    私は、PFC-FD™、皮下脂肪から採取したMSC、そして両者の併用注射の2年成績から、膝OA進行期~末期患者において、PFC-FD™と皮下脂肪から採取したMSCの単独注射群に比べて、併用注射群は改善レベルを維持できていたこと、各治療群の平均奏効率は、併用注射群の58.9%が最も高く、特に膝OAの初期~進行期においては65.3%と比較的良好な結果であったことを報告しました。また3次元画像解析ソフトを用いての調査では、併用注射群のみMRIで関節軟骨の体積が有意に増加していたことを報告しました。これらの結果は、膝OAや軟骨欠損に対して、細胞と血液由来製剤をそれぞれ単独で注射するよりも併用することで、相加、相乗効果が現れる可能性を示唆しています。

    ただし、これらの研究結果はまだまだ解析症例数が少ないこと、短期間の治療成績であること、患者報告型アウトカムのアンケートやMRI撮影にご協力いただいた患者さまのみの解析結果であることから、バイアスのかかっている(先入観の入った一方的な)点があることをお伝えする必要があります。

    将来の展望

    本稿では、膝OAの治療におけるバイオセラピーの位置づけと、バイオセラピーの世界における動向、および私の研究結果やトピックスについて述べました。

    膝OAに対するバイオセラピーの短期成績は、いずれの報告も患者報告型アウトカムは有意な改善を示し、重篤な有害事象の報告はなく安全性は高いことが述べられています。しかし依然としてBiologicsの詳細な作用メカニズムは明確でない部分もあり、かつ長期成績はまだわかりません。特にMSCにおいては、理想的な供給源(どこから採るのが良い結果に結びつくのか?)、適切な移植細胞数(数が少なくても大きな効果が出るなら、コスト面、侵襲面、ハード面、マンパワー面で有利)、治療効果に影響を与える因子などについて未だコンセンサスに達していない状況です。

    今後は膝OAに対するバイオセラピーの治療プロトコルの最適化に向けて、大規模な無作為対照介入試験が必要であると同時に、質の高い研究結果が待たれるところです。またそれと並行して世界中で行われているバイオセラピーの治療経過の詳細をReal World Evidenceとして蓄積し解析する方策が行われています。日本では日本再生医療学会が中心となりPatient Registryが設けられています。近い将来、バイオセラピーの実情や各国の保険事情が異なる状況下で、「どのような治療がどのような患者に有益か」が判明することを期待してやみません。

    2023年 第96回日本整形外科学会学術総会 シンポジウム口演

    参考文献

    Freeze-dried noncoagulating platelet-derived factor concentrate is a safe and effective treatment for early knee osteoarthritis.
    Ohtsuru T, Osuji M, Nakanishi J, Nakamura N, Lyman S, Hanai H, Shimomura K, Ando W.
    Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2023 Nov;31(11):4716-4723. doi: 10.1007/s00167-023-07414-y. Epub 2023 Jun 28.PMID: 37380754 


    Comparative Clinical Outcomes After Intra-articular Injection With Adipose-Derived Cultured Stem Cells or Noncultured Stromal Vascular Fraction for the Treatment of Knee Osteoarthritis.

    Yokota N, Hattori M, Ohtsuru T, Otsuji M, Lyman S, Shimomura K, Nakamura N.Am J Sports Med. 2019 Sep;47(11):2577-2583. doi: 10.1177/0363546519864359. Epub 2019 Aug 2.PMID: 31373830

    変形性膝関節症に対する Biologic healing 専門クリニックの実際とエビデンス構築(特集 幹細胞・PRP・衝撃波-Biologic healingのエビデンス)
    大鶴任彦、横田直正、尾辻正樹、保田真吾、輿石暁、岡崎賢
    関節外科 39(9):33-42,2020

    変形性膝関節症に対するバイオセラピ-におけるSYNAPSE VINCENTを用いた関節軟骨評価
    大鶴任彦,前川祐志,尾辻正樹,岡崎賢
    関節外科 41(5):105-109,2022

    変形性膝関節症に対するPFC-FD 注射におけるMRI 三次元自動解析ソフトウェアを用いた軟骨評価 -単回注射 vs. 3 回注射-
    大鶴任彦、前川祐志、尾辻正樹、岡崎賢
    関節外科 41(11):117-121,2022

    変形性膝関節症に対するバイオセラピー(特集 変形性関節症の病態に迫る―疾患修飾による治療を展望して)
    大鶴任彦、中西潤、尾辻正樹、岡崎賢、中村憲正
    整形・災害外科 66(12):1481-1485,2023.

    スポーツを契機に発症した半月板損傷に対するPFC-FD注射の治療成績
    大鶴任彦、小坂理菜子、前川祐志、尾辻正樹、岡崎賢、中村憲正
    関節外科 43(4):111-117,2024

    変形性膝関節症に対するバイオセラピー前後の軟骨体積の変化率-MRI 3D解析(特集 外来でできる運動器疾患に対する最先端保存療法)
    大鶴任彦、小坂理菜子、前川祐志、岡崎賢、中村憲正
    関節外科増刊号 43(14):132-137,2024

    PRP 療法が効く人って?(特集:膝関節疾患の外来診療テクニック)
    大鶴任彦、岡崎賢、中村憲正
    関節外科 44(9):63(923)-70(930), 2025

    おおつる整形外科医院ホームページ
    https://www.ohtsuru-seikei.jp

    大鶴 任彦 ウィキペディア
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%B6%B4%E4%BB%BB%E5%BD%A6

    コラムの監修者

    おおつる整形外科医院 院長
    大鶴 任彦

    1998年杏林大学医学部を卒業後、東京女子医科大学病院整形外科に入局。学位は博士(医学)。日本股関節学会の学術評議員を務めており、股関節、膝関節を始めとする下肢関節疾患に関する医学論文・学会発表を、国内外で数多く手がける。東京女子医科大学病院整形外科准講師、非常勤講師を経て、2024年におおつる整形外科医院を開院。変形性膝関節症に対するバイオセラピーの治療実績は約5000件(2026年7月時点)に及ぶ。

    資格など
    博士(医学,東京女子医科大学)、日本専門医機構認定整形外科専門医、日本股関節学会学術評議員、厚生労働省認定臨床研修指導医、身体障害者福祉法第15条指定医(肢体不自由)
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