• 再生医療の現況と課題

    投稿日:2024年1月4日
    更新日:2024年1月4日
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    再生医療は、機能障害や機能不全に陥った細胞、組織、器官の再生や機能回復を目指す画期的な医療アプローチです。この分野では、細胞や遺伝子を積極的に使用し、生体組織や臓器の機能を復活させることが目標です。
    この治療法は、細胞治療、遺伝子治療、およびそれらに関連する技術を包括しています。医療の治療法として、かつては伝統的な外科手術や低分子薬剤が主流でしたが、生化学や分子生物学の進歩により、サイトカインなどのタンパク質製剤、抗体薬、核酸薬が開発されました。
    これらに続き、再生医療は、従来の薬剤では対処困難とされていたアンメット・メディカル・ニーズへの根本治療として、新たな革新的治療技術としての地位を確立しています。

    「再生医療」という用語が広く用いられ始めたのは、1998年、アメリカのウィスコンシン大学のJames Thomson率いる研究グループがヒトの胚性幹細胞(ES細胞)に関する革新的な研究論文を発表した頃でした。
    日本においても、前世紀末から幹細胞や再生医療に関連する研究が活発化し、2001年には日本再生医療学会が設立されました。この黎明期においては、カナダのトロント大学のTillとMcCullohに始まる造血幹細胞の研究、上述のES細胞研究、臓器形成に関する発生生物学的研究、MITのRobert Langerによる組織工学の研究、間葉系幹細胞の研究など、多岐にわたる分野が結集し、新しい医療手法の開発への情熱が高まりました。
    2006年には、山中伸弥教授のグループがiPS細胞技術を開発し、再生医療研究に火をつけました。その後、CAR-T療法、細胞への遺伝子導入技術、ゲノム編集技術、RNA創薬技術など、関連する先進技術が次々と開発され、再生医療の治療能力と可能性が飛躍的に向上しています。

    2010年代になると、2013年には、我が国において、再生医療安全確保法(安確法)、医薬品医療機器等法(薬機法)という再生医療の研究開発から実用化までの施策の総合的な推進を図るための法的整備がなされました(施行は、2014年11月)。
    安確法では、研究と医療の両方を対象としており、そのリスクの程度と細胞移植が自家(第2, 3種)あるいは他家(第1種)であるかによって第1〜3種に分類されています。薬機法では、旧・薬事法とは異なり、再生医療等製品という新たな審査カテゴリーを設けた事であります。再生医療等製品には、遺伝子治療製品も含まれます。
    また、再生医療等製品には、条件・期限付き早期承認制度を適応することが可能になりました。条件付き早期承認制度では、有効性については一定数の限られた症例から従来より短期間で有効性を推定し、安全性については急性期の副作用は短期間で評価を行うことが可能であるとされています。
    これまで、ハートシート(テルモ株式会社:薬物治療や侵襲的治療を含む標準治療で効果不十分な虚血性心疾患による重症心不全の治療)、ステミラック注ニプロ株式会社:脊髄損傷に伴う神経症候及び機能障害の改善)、コラテジェン筋注用4mg(アンジェス株式会社:慢性動脈閉塞症(閉塞性動脈硬化症及びバージャー病)における潰瘍の改善)、デリタクト注(第一三共株式会社:悪性神経膠腫)が条件・期限付き承認を受けています。

    安確法と薬機法という再生医療に関する二つの革新的な法律は、国際的にも注目されています。それぞれが特有の長所と短所を持っています1), 2)。安確法の下で厚生労働省に提出される再生医療提供計画のうち、「医療」のカテゴリーに属するものの大部分は自由診療によって提供されています。自由診療の利点としては、日本で未承認の治療法や研究段階の治療法にアクセスできることが挙げられます。
    しかし、その一方で、科学的な有効性の証明が不足している場合があり、また、公的な価格設定がなく健康保険が適用されないため、治療費が高額になるリスクもあります。このため、自由診療が社会からの信頼を得るためには、治療の客観的な有効性を科学的に証明するための積み重ねが必要です。遺伝子再生療法の急速な進展を受け、安確法における対象治療技術の見直しは不可欠です。これは、2024年の安確法改正で重要な議論の一つとなると予想されます。
    現在、CAR-T療法などのex vivo遺伝子治療は安確法の適用範囲内ですが、in vivo遺伝子治療は含まれていません。さらに、凍結乾燥した多血小板血漿(PRP)やエクソソームを含むExtracellular Vesicles (EVs)の使用は「細胞」を用いないため、安確法の適用外です。これらの治療法における安全性を保証するための枠組みの確立は、特に自由診療の分野で緊急に求められています。

    薬機法の下、条件・期限つき早期承認には『有効性の推定』に関する明確な基準が存在せず、これが判断を複雑にしています。早期承認を受けた再生医療製品は、市販後にさらなる有効性と安全性の検証が求められます。これに対応するため、期限内に再承認申請を行い、所謂『本承認』を取得する必要があります。
    しかし、この本承認の基準や判断材料については、未だに多くの不明瞭な点があり、前例の不足が課題となっています。

    最後に:我が国は、iPS細胞技術の開発、再生医療の法的枠組みの整備、そして世界に先駆けて実施されたiPS細胞由来の臨床研究と治験において、再生医療の分野で重要な役割を果たしてきました。これらの成果を踏まえ、日本が今後も世界の再生医療をリードしていくためには、継続的な努力と知見の共有、さらなる研究の推進が求められます。

    (謝辞)この論文の作成にあたり、特に自由診療に関する部分は、藤田医科大学の八代嘉美教授からの貴重な意見に基づいています。八代教授の専門知識と洞察に深く感謝申し上げます。

    文献

    1. Sipp D, Okano H. Japan Strengthens Regenerative Medicine Oversight. Cell Stem Cell. 22(2):153-156, 2018.
    2. Cyranoski D, Sipp D, Mallik S, Rasko JEJ. Too little, too soon: Japan’s experiment in regenerative medicine deregulation. Cell Stem Cell. 30(7):913-916, 2023.