• お宝だった皮下脂肪~スポーツ医療と再生医療の魅力~

    投稿日:2024年5月16日
    更新日:2024年12月3日
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    この数年間に「再生医療」という新しい医療が世界的に広がりつつある中で、トッププロスポーツ選手の中にも本治療を取り入れる選手も増えて来ている。

    スポーツ選手の怪我の原因は様々で、競技内容によっても多種多様であるが、1度で大きな力が加わり生じてします「スポーツ外傷」と、特定の部分や機能の使い過ぎでその部分に疲労が蓄積し、それがもとで炎症や機能低下等が発生する「スポーツ障害」が挙げられる。また、小さな痛みに構わらず無理なトレーニングを続けていた結果、たとえば靭帯や関節・筋肉を損傷したり、蓄積した過重による疲労骨折などを起こしてしまう事もある。

    そこで今回、新たな選択肢として実臨床成績が蓄積されつつある究極の保存的治療「幹細胞を用いた整形外科疾患へ再生治療」について簡単に解説したい。

    皮下脂肪組織由来再生(幹)細胞

    2001年に当時米国UCLA大学(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)形成外科の准教授であったHedrick医師らが、痩身目的(痩せるため)で美容吸引術を受けられ患者様の皮下脂肪を医療廃棄物として廃棄されている現場を目撃し、廃棄処理される前の皮下脂肪を色々な角度から解析した所、この皮下脂肪の中から接着性の高い極めて幹細胞に似た細胞集団を世界で初めて単離・同定して以来、この細胞に関する研究は急速に発展している。

    その後更なる研究により、この皮下脂肪組織由来の再生(幹)細胞(Adipose-derived Regenerative Cells:ADRCs)は、性質・機能の面で骨髄由来の間葉系幹細胞(Bone marrow-derived mesenchymal stem cells:BM-MSCs)に非常に良く似ている事が分かり、臨床応用に向けた探索的研究が加速して行く事になる。このADRCsの最大の特徴は、皮下脂肪組織から採取される幹細胞が同程度の骨髄液から採取される幹細胞の1000倍以上多く含まれているという点である。つまり、まさに「お宝だった皮下脂肪」というわけだ。

    最近では臨床応用を見据えた治療計画(臨床プロトコル)を立てる中で、種々の細胞源の中でも比較的簡単にしかも安全に治療に必要なだけの移植細胞が採取出来安全性も担保されているとの報告もあり、早期実用化という点で大きな注目を浴びている。

    変形性関節症に対する再生治療(細胞移植治療)

    そこで当院は、国の定める委員会(特定認定再生医療等委員会)での認可並びに厚生労働省の認可受理を受け、2016年11月より「ADRCsを用いた変形性関節症に対する細胞移植治療」を開始した。

    この治療の特徴は、

    1. 基本的に全て日帰り手術である
    2. 手術時間は2~4時間と短時間である(麻酔時間は1時間弱)
    3. 人工物を使わず自分の組織由来の細胞を用いるため拒絶反応を引き起こすリスクが低く、また、薬剤等も使用しない為副作用発現頻度も低い
    4. 移植に必要な細胞以外を凍結保管しておく事により複数回治療が可能
    5. 国内外で臨床実績が多数報告され治療効果データも数多く蓄積され始めている
    6. 傷口(皮膚切開部)は3~5mmと小さく患者様の侵襲は低い

    などであり、大きな手術を回避出来る可能性がある事である。

    海外におけるスポーツ障害に対する再生治療の現状

    2018年12月13-14日にミラノ(イタリア)にて「ICRS:International Cartilage Regeneration and Joint Preservation Society」が開催された。全世界からこの領域のスペシャリスト医師(整形外科医)が集まり活発な症例検討や最新の医療技術を発表する最近注目され始めている研究会である。ここでのキャッチフレーズは「I am not ready for METAL」。つまり直訳すると、「私はまだ人工関節を入れたくない」である。

    また、欧米では既にプロサッカー選手に対し外科的手術と細胞移植の併用療法で治療が施されており、この目的は幹細胞の特性である血管新生並びに創傷治癒作用によりリハビリテーション開始の時期を早め早期復帰を促すもので、今後注目されていく併用療法になると思われる。

    リハビリテーションの重要性

    最近我々は作用増強効果への1つのキーワードとして「細胞移植後リハビリテーションの重要性」に注目している。幹細胞は骨髄や脂肪から血中へと動員されるが、近年の研究によると、運動が幹細胞に影響する作用機序として、運動により幹細胞nicheから幹細胞を動員し、さらに増殖分化を促進する事によりサイトカイン分泌を促し標的臓器へのホーミングやパラクライン作用を増強することが考えられている。つまり、適切な運動療法が確立されると幹細胞の動員促進並びに増強効果を期待できる為、幹細胞移植治療を受けた患者様では、移植後リハビリテーションがより重要となることが示唆される。

    また、変形性膝関節症は軟骨の変性や骨棘の増殖など関節内の問題と、筋力低下や関節可動域制限、関節周囲軟部組織の拘縮といった関節外の問題があり、それらが組み合わさることで疼痛が発生していることを患者様本人に理解してもらったうえで治療を進めていく事が重要となる。

    これからの細胞治療と我々の使命

    我が国では、2015年11月25日より世界に先駆けて「再生医療安全性確保法」が施行された。この新制度は、今後の世界に於ける再生医学研究並びに再生医療応用に対し大変大きな影響を及ぼす事が予想される。つまり、これからの数年は、再生医療を取り巻く全ての領域(分野)において目の離せない時期が到来する。

    しかしながら、細胞移植に伴う安全性や有効性問題、治療コストの適切化など様々な問題も山積している。

    再生医療発展の将来の為にも、我々医療提供者の連携を強化し、寿命の最後まで健康に過ごす事が出来る社会を目指し更なる検証を進めていく事が引き続き私たちの使命である。