• 再生医療、その来し方と行く末

    投稿日:2024年3月7日
    更新日:2024年3月7日
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    再生医療、ことはじめ

    再生医療という言葉を耳にするようになったのは、私が教授に就任したころ、おおよそ30年ほど前のことだったろうか。医学部生時代から血液学に興味があって、長年、造血幹細胞移植の研究、どのようにして10種類にもおよぶ血液細胞が分化してくるのかの研究、に従事していた。教授になれたのは、その研究の延長として、京都大学の本庶佑先生の研究室で苦労の末、ES細胞(胚性幹細胞)から血液細胞への新しい試験管内分化誘導法を確立してScience誌に発表できたおかげだ。
    そんな研究歴があったので、目先の利くマスコミから幹細胞や再生医療についての取材申し込みが来始めた。

    再生医療の三要素

    切っても切っても再生するプラナリアや、手足を切ってもまた生えてくるイモリなどに比べると、ヒトを含む哺乳類の再生能力はあまり高くない。なのにどうして再生現象を医療に用いることができるようになったのだろう?それは、三つの研究分野の進展があったからこそである。
    幹細胞そのもの=「種」、幹細胞などを試験管内で増やすことができるさまざまな因子=「肥料」、そして、移植する組織の足場=「畑」の研究である。足場は絶対に必要というわけではないが、これら三要素がそろって、初めて再生医療が現実性を帯びてきたのだ。それが20世紀の終わるころであった。

    いろいろな幹細胞と再生医療

    幹細胞には、造血幹細胞や皮膚表皮幹細胞、腸上皮幹細胞など、成体になっても存在する「組織幹細胞」と、ES細胞やiPS細胞のようなほとんどすべての細胞に分化することができる「多能性幹細胞」がある。
    組織幹細胞はそのまま移植することができるが、多能性幹細胞は望みの細胞へと分化誘導させるというステップを経てから移植せねばならない。それぞれに一長一短があるので、どちらが優れているというようなものではない。

    再生医療の定義

    そもそもではあるが、再生医療の定義をご存じだろうか?一般的には、幹細胞あるいはそれに類似した細胞を一旦体外で増幅させて移植する医療のことを言う。
    キーポイントは「体外増幅」だ。白血病などの治療に造血幹細胞移植の用いられることがある。この治療法は幹細胞の持つ再生能を利用したものだが、体外増幅のステップなしに直接移植されるので、定義上、再生医療には分類されない。ついでに書いておくと、幹細胞とは、元の細胞と同じ細胞を作り出す能力=自己複製能と、機能する細胞へと分化する能力=分化能をあわせもった細胞である。

    再生医療実現への道

    2002年に、現在ハーバード大学の医学部長になっている幹細胞学の泰斗ジョージ・デレィ博士が「幹細胞療法はどうなるのか? 神話と医学」と題した総説を発表している(Current Opinion in Genetics & Development)。
    そこには「二十世紀において、低分子の薬剤が医学に革命をもたらしたのと同じように、細胞治療は高齢者の変性疾患に対して主要な治療法になるべく運命付けられているだろう。
    しかし、それを確実におこなうには、半世紀以上の期間が必要になるかもしれない」と記されていた。そんなに長い年月がかかるだろうかと訝ったものだが、あさはかだった。、四半世紀たった現在の状況を鑑みるに、けだし卓見であったと言わざるをえまい。

    再生医療の未来やいかに

    再生医療の研究は盛んにおこなわれているが、まだ一般的な治療にはなりえていない。はたして、いずれ本当に「主要な治療法」ようになるのか。コストベネフィットの問題も含め、現時点でその未来を正確に予測するのは容易でない。
    しかし、多くの臓器において再生医療の研究は多彩に、そして、着実に進んでいる。たとえ年月はかかろうとも、いつかきっと、再生医療が治療法として広くおこなわれる日がやってくるに違いない。