• 加齢による機能低下(老化)に対する自家脂肪由来間葉系幹細胞治療

    投稿日:2023年11月1日
    更新日:2023年11月2日
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    1.加齢による身体的生理的機能低下(老化)に対する再生医療

    生命活動を維持する中で加齢(aging)は避けることができません。しかし、加齢による身体的生理的機能低下すなわち老化(senescence)は、何らかの介入をすることによってその発生を遅らせる、もしくは回避することが可能です。また、老化は様々な疾患の主たる発生要因ですので老化の制御を図ることはその関連疾患の発症予防に繋がります。

    皆さんの体内に存在して修復力や再生力を持つ間葉系幹細胞を活用した再生医療は、現代医療技術を駆使してもコントロールが難しい難治性疾患に対する有力な治療法として高く期待される先端医療です。ただし、この再生医療は過去の常識を覆す治療効果が得られることがあるものの完全無欠の治療法ではありません。治療成果には限界があります。幹細胞の機能に個人差があるのに加えて、そもそも組織幹細胞に作用限界があるからです。

    一方で、ご自身の再生修復能力を最大限に生かすことを意図したものであることから倫理上の問題はなく、安全性も確認されています。それらの点を踏まえて、自らの間葉系幹細胞を用いた再生医療を回避できない生理的現象でありかつ様々な難治性疾患の発生要因になり得る「老化」の制御のために活用するのは、予防医療の視点から極めて合理的と言えます。

    「人は血管と共に老いる」という有名な言葉は、100年以上前に米国の内科医ウイリアム・オスラーが発したとされていますが、これは動脈硬化が老化現象の最たるものだということを示唆しています。我々、北青山D.CLINICでは、この「動脈硬化」「認知機能低下」「慢性疼痛」に対して自己脂肪由来間葉系化細胞治療を2019年から提供し、他にも老化に関わる「運動器(骨・筋肉・関節・神経)障害」「慢性肺疾患」「慢性腎臓病」「動脈瘤」「慢性腎臓病」などの疾患群に対しても同治療を適用して、その安全性と有効性を確認してまいりました。その実績も踏まえて、間葉系幹細胞移植による再生医療が「老化」による疾患群の発生予防に繋がることを強く願っています。

    2.社会の活力低下を生む老化

    加齢が招くさまざまな身体的生理的機能低下すなわち老化は、脳神経・心血管・呼吸器・消化器・腎泌尿器・骨・筋肉・免疫・視覚・聴覚・皮膚・精神などの領域で進行性に発生し、その過程で出現する機能低下は生体にとって有害なものが殆どです。

    医療技術の発展や生活環境の改善などから人々の寿命が伸び、益々高齢化が進む中で、老化による疾患や障害により介護を要する人口が増加しています。これが、高齢者を支える世代にも多大な負担となって全世代の人生を損ね、社会全体の活力低下を招きます。老化現象を制御して、単に長生きするだけではなく健康寿命を延伸させ介護不要の社会を実現させることは、個人や社会の幸せのために極めて大切なことと言えるでしょう。

    内閣府が公表する高齢社会白書1)で、65歳以上要介護者の介護が必要になった原因を見ると、上位から順に「認知症」「脳血管疾患(脳卒中)」「高齢による衰弱(フレイル)」「骨折・転倒」「関節疾患(変形性関節症など)」ですが、これらはまさに老化が招く代表的な疾患群であり、生活習慣の見直しや適切な医療介入によりコントロールを図ることが求められます。

    3.老化の代表的な概念:ロコモ、フレイル、サルコペニア

    内臓脂肪の蓄積により糖尿病、高血圧や動脈硬化などの生活習慣病が誘発されるメタボリックシンドローム(メタボ)は皆さん良くご存知でしょう。対して、「ロコモティブシンドローム(ロコモ)」は、加齢による運動機能の低下を表す言葉です。

    また、高齢者の筋力低下による身体機能の悪化に加えて、抑うつや認知機能の低下により社会生活を営めなくなる現象を表す「フレイル(虚弱)」という概念も、前述の介護を招く状態という点で注目されます。これら、ロコモ、フレイルは、骨や筋肉の老化による機能低下により引き起こされる現象ですが、ロコモの状況が悪化した終末像がフレイルと言えます。

    また、加齢に伴い筋肉量の減退を表す「サルコペニア」という用語も1990年頃から老化現象を象徴する表現としてしばしば用いられるようになり、筋肉量及び筋力が著しく低下した状態を表したものです。これら、ロコモ、フレイル、サルコペニアは、加齢に伴う骨や筋肉の老化によって引き起こされる現象をそれぞれ異なる視点から捉えたものです。これらが誘発されることにより、健康で快適な生活を送れなくなるばかりか社会性も喪失して要介護の状態に陥ってしまう人が年々増えていることから、これらの概念はしばしば注目されます。老化を制御することは、このロコモ、フレイル、サルコペニアを発生させないこととも言えます。

    4.活性酸素と老化

    言うまでもないことですが、ヒトを含む動物は食事から摂る栄養と呼吸によって取り込む酸素を用いてエネルギーを産生し生命活動を維持しています。生きるために必須のこのエネルギー産生の過程において活性酸素種が副産物として生成されることも注目されます。この活性酸素は癌や有害微生物を除去して体を守るはたらきを持っていますが、過剰に産生されると自己に損傷を与えてしまい、逆に動脈硬化や発癌の原因になってしまいます。

    そして、まさにこの活性酸素の過剰生成が特に老化に強く関わっていることがわかっています。そして、細胞毒性が強い活性酸素に対して各生物は活性酸素を除去する酵素や低分子物質を生来保有しています。

    活性酸素は有害物質を除去する効果を持っているものの、自らを攻撃して発癌や老化の原因になるわけですから、生命体が長く存続するためには活性酸素の生成と除去をバランスよく維持することが必要になるわけです。

    また、活性酸素の過剰産生は老化を促し、その老化により活性酸素生成の調整力が落ちてさらに活性酸素が過剰産生される、という悪循環が生まれることが、老化の加速と障害発生を進めることも指摘されています。近年サプリメントとして注目されている抗酸化素材の摂取や水素吸入などは、過度に生成されて体にダメージを与える活性酸素種の消去を目的としています。

    一方で、活性酸素を適切に除去することは容易ではないことも指摘されています。そのような中、バランスよく活性酸素のコントロールを図る治療法として、修正修復能力を有する幹細胞を活用した再生医療に大変期待しています。

    5.テロメア伸長やサーチュイン活性化が老化を抑える

    老化現象は分子遺伝学的視点でも捉えられます。細胞分裂の際に染色体の両端にある「テロメア」というタンパクが短縮しますが、この短縮が老化の程度を示す指標と言われています。

    さらに、「サーチュイン」という遺伝子は老化と寿命の制御に関わっており、この活性化が抗老化に繋がることもわかっています。ところで、老化の制御に大切なこととして下記の8点が注目されますが、これらはテロメアの安定ないしは伸長やサーチュインの活性化に繋がること、特に運動・食事・ストレス管理が特に重要であることを示す研究報告は多数存在します2)~7)。 

    1. 健康管理に対するリテラシーの確保
    2. 適切な食生活
    3. 禁煙
    4. 節酒
    5. 運動習慣
    6. 定期健診の励行
    7. ストレスコントロール
    8. 社会活動

    6.治療対象

    私たちは上記を踏まえて、加齢による身体的生理的機能低下の状態にあり、その改善や増悪予防を希望する方々に、ご自身の間葉系幹細胞を用いた再生医療を提供していますが、具体的には主として下記の病態や症候を治療対象としています。

    • 脳、心血管障害などの動脈硬化を背景にした疾患群
    • 活性酸素、フリーラジカルに対する抵抗力の低下
    • 活性酸素、フリーラジカルによる酸化障害の増加
    • 骨量低下
    • 筋肉量、筋力の低下(サルコペニア)
    • 虚弱(フレイル)
    • 皮膚の光老化
    • その他、老化による身体生理機能の低下及び障害

    7.治療の実際

     自己脂肪由来の間葉系幹細胞治療を希望する場合は下記の流れで実施いたします。

    (1)医療面談:
    適応を確認し医療内容の説明と合意(インフォームドコンセント)取得を実施。

    (2)血液検査:
    感染症の罹患がないことを確認。

    (3)脂肪採取および血清採取(採血):
    感染症がないことを確認した上で、腹部周囲の皮下脂肪(米粒大で3個くらい)と細胞を培養増殖させるのに必要な血清を採取し幹細胞の分離・増殖に着手。

    (4)幹細胞投与:
    脂肪採取から4-8週間後に投与(点滴、注射、動脈カテーテル、髄腔内注射など)。
    ※培養時に十分な細胞増殖が見られた方は、1回の脂肪採取で複数回の治療が可能となるように残存細胞はマイナス190℃前後の液体窒素環境下で冷凍保管します。

     

    8.再生医療提供体制

     間葉系幹細治療において医療機関に求められることは、良質の幹細胞を最大限に培養すること、そしてそれを適切な形で患者さんに投与すること、の2点に尽きると言えます。

    前者においてポイントとなるのは、脂肪採取した後から幹細胞の分離作業にかかるまでの時間、及び培養増殖細胞を回収してから投与するまでの時間、いずれもが最短になるようにすることです。そのためには、細胞の分離培養増殖を実施するクリーンルームとしての培養センター(CPC: Cell Processing Center)を医療機関に併設することが大切です。私たちは、治療を提供する医療機関の施設内にCPCを併設しており上記の時間が最短になるように配慮しています。

    後者においては、幹細胞を静脈へ点滴投与するだけでは関節内に十分量の細胞が届かないので、変形性関節症を治療する際には関節内に直接穿刺をして幹細胞を投与することが理想的です。また、脳神経の修復再生を目指して治療をする際には、脳脊髄液の流れている髄腔内へ投与することにより幹細胞が合理的に脳神経に送達されます。いずれの送達法も対応できる医療設備・手技を私たちは確保しています。

    9.最後に

    今後、益々寿命が伸びていくことが予想される中、いつまでも若々しく健康で生活を送り続けるための有力な手立てとして自家脂肪由来間葉系幹細胞治療が機能することを心から願っています。一方で、ストレスマネージメント、社会交流の維持、食生活の管理、適度な運動の励行、質の良い睡眠の確保など、生活環境や生活習慣のケアを疎かにしないことも健康寿命の延伸において極めて大切であることを付言して本稿を締めたいと思います。

    (参考)

    1)令和5年 高齢社会白書 内閣府
    高齢社会白書について – 内閣府 (cao.go.jp)

    2)J Exp Biol.?2021 May 1;224(9):jeb242164.doi: 10.1242/jeb.242164.?Epub 2021 May 5.Exercise training has morph-specific effects on telomere, body condition and growth dynamics in a color-polymorphic lizard. Christopher R Friesen,?Mark Wilson,?Nicky Rollings,?Joanna Sudyka,?Mathieu Giraudeau,?Camilla M Whittington,?Mats Olsson

    3)Biomed J.?2019 Dec;42(6):430-433.doi: 10.1016/j.bj.2019.07.003.?Epub 2019 Dec 26. The association between sperm telomere length, cardiorespiratory fitness and exercise training in humans. Joshua Denham

    4)Psychoneuroendocrinology.?2018 Dec:98:245-252.

    doi:10.1016/j.psyneuen.2018.08.002.?Epub 2018 Aug 2. Aerobic exercise lengthens telomeres and reduces stress in family caregivers: A randomized controlled trial – Curt Richter Award Paper 2018. Eli Puterman,?Jordan Weiss,?Jue Lin,?Samantha Schilf,?Aaron L Slusher,?Kirsten L Johansen,?Elissa S Epel

    5)Biogerontology.?2017 Dec;18(6):931-946. doi: 10.1007/s10522-017-9732-6.?Epub 2017 Oct 20. Exercise and bone health across the lifespan. Livia Santos,?Kirsty Jayne Elliott-Sale,?Craig Sale

    6) Cells.?2022 Aug 20;11(16):2596. doi: 10.3390/cells11162596. The Role of SIRT3 in Exercise and Aging. Lei Zhou,?Ricardo Pinho,?Yaodong Gu,?Zsolt Radak

    7) J Mol Neurosci.?2015 Feb;55(2):525-32. doi: 10.1007/s12031-014-0376-6.?Epub 2014 Jul 16. Voluntary exercise promotes beneficial anti-aging mechanisms in SAMP8 female brain. Sergi Bayod,?Carolina Guzman-Brambila,?Sandra Sanchez-Roige,?Jaume F Lalanza,?Perla Kaliman,?Daniel Ortuno-Sahagun,?Rosa M Escorihuela,?Merce Pallas

    2023年10月21日
    北青山D.CLINIC 
    阿保義久(あぼよしひさ)